2001年11月30日(金) |
文章を書くほうに力点をおいた日。三島を読んだあとで自分の文読み直すと貧弱極まりなく思えてくる。これじゃ栄養の行き届いていない薄っぺらい胸骨露わなガキでしかない。
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2001年11月29日(木) |
最近の日記は読書ノート化しだしている。漱石の硝子戸の中くらいに単純な(シンプルなといったほうがかっこいいか)生活なのだ。そんなこと言ったら熱烈な漱石ファンに怒られそうだが。が仕方ないのである。一日中、読むか書くかしかしていないのだから。今のところ、「読む」ほうが「書く」よりも、6:4くらいで好きかな。ということで4分の力で6分の力のことを記す次第。
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2001年11月28日(水) |
どうも3ヶ月半の日本での空白が自分の中の季節感を狂わせている。僕には何故かこれから春が到来するような気がしてならないのだ。先の土曜日に鍋会をしたときにも何気なく桜餅を買ってしまったのもそんな理由があるのかもしれない。冬を迎えるにあたって桜餅の香を楽しむとは季節に対する冒瀆なのかもしれない。
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2001年11月27日(火) |
彼女がKさんとともに出張に行ってしまったために今夜は一人だ。この部屋の中に、この頭蓋骨の中に脳が1つだけあって、それが他の有機物に影響されず、思考している。
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2001年11月26日(月) |
久しぶりに日記を書くのに一晩越えてしまった。というのも、彼女がイラスト関係の仕事でPCの前で夜を徹して追い込みにかかっていたので、到底ダイアリなんて言葉は口にも出せない状況だったからだ。逆に彼女が夜、他のバイトに行ってる間にスキャナーで絵を取り込むのを手伝ったくらい。一応、体裁はどうにか整えて朝出掛けていったのだけど、しばらくして電話がかかってきて「新幹線乗り間違えた。」なんていう心細そうな声。なんだか心配だな。
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2001年11月25日(日) |
渋谷のシネマライズで岩井俊二監督の「リリイ・シュシュのすべて」観てきた。映像的効果、音楽的効果に非常に優れた作品だった。そしてこの映画の主題とも言うべき、中学生のイジメの提起から発展までの流れも悪くなかった。被害者がいつでも加害者になり代わる可能性がある点、そこに家庭の問題が根底にあること、教師は全く理解者とはなりえていないこと、ネットや音楽メディアの関わり方(癒しという言葉以上のものがあると言いながら癒し程度でしかないこと、お互いの痛みをネットの中ではわかりながらもリアルワールドまで発展しえないこと)、そうしたものがきちんと描かれていた。SWITCH11月号の岩井監督のインタビュー記事を読んでも、彼はその部分を過去の事件を調べていくことでリアリティをもたせたとしているが、それは成功している。
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2001年11月24日(土) |
KさんとS君が我が家に遊びに来た。二人とも半分は例の小冊子の仕事がらみだ。
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2001年11月23日(金) |
龍之介の「蜘蛛の糸・杜子春」読んだ。結構他愛のない話も多いなと思ったらどうやら児童文学向けに書いてる作品ばかりだったようだ。昔話からもってきた教訓話は苦手。むしろこの短編集で最も地味な部類に入る、横須賀からの電車での素朴な体験を綴った「蜜柑」のような短編のほうが好き。「続・檸檬」は書けないにしても「続・蜜柑」くらいだったら…。(だったら書けだよな、ほんとに) |
2001年11月22日(木) |
漱石の「行人」読了。本を途中から離すことが出来なくなる位面白かった。面白く思う自分を嬉しいとも思うけれど、反面自分がその世界にどんどん足を踏み入れることについて変な恐さと緊張感みたいなものがある。
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2001年11月21日(水) |
渋谷でコーエン兄弟の「オー・ブラザー」観てきた。脱獄囚3人組の珍道中を追った他愛もないストーリー。弥次喜多の膝栗毛みたいな面白さもあるのだが、むしろここに出てくる一風変わった癖のある人間たちのおかしみと哀しさを傍観しているところにこの映画の面白みがある。ほら、人間ってこんなに変わっている動物なんだよ、って彼らは何気に伝えたいわけである。日本では個性のようなものを押し込めてかまぼこみたいに画一化する教育を得意としているから、このアメリカ映画ほどにはならないのだけどね。生きるということは個性というものを大切にすることこそ大事なんだと思うけれど、そんな教育施したら日本が立ち行かなくなっちゃうと文部省は危惧するわけなんだろう。
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2001年11月20日(火) |
安穏のうちに過ぎた一日。家の中に篭っていると、世界の出来事が全て遠く感じられてしまう。
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2001年11月19日(月) |
東の空の雲間をよぎるように流星が1つ2つ流れていった。星の死する瞬間の光芒が僕の目を覚まさせ、僕の感覚器を震わせた。
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2001年11月18日(日) |
獅子座流星群というものが今夜見れるのだそうだ。ロマンチストでなくても「あ〜見てみたいな。お願いいっぱいして。」なんて思うのだろうが、流星を一番観測できるのが午前2時から午前4時という草木も眠っている時間に当るらしい。僕はそこまでロマンチストじゃないから遠慮して布団潜ろうと思うも、結局付き合わされる破目になるのだろうか。
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2001年11月17日(土) |
Sくんと渋谷で落ち合って、秋空の下、青山墓地から麻布にかけて散歩した。雲は空高く群なして飛び、寒くもなく暑くもなく、歩くのが非常に心地よく思えた。映画の話やら本の話やら思い出したように訥々と話しつづけた。自分にそうした当たり前の日常のことを話し合うことのできる友達ができたことがなんだか照れくさく、嬉しかった。
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2001年11月16日(金) |
光が部屋中に溢れているような素晴らしい朝だった。
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2001年11月15日(木) |
普通に生きていたら行かないはずの場所に行った。
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2001年11月14日(水) |
日がな一日、読書に高じていた。
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2001年11月13日(火) |
夕の散歩時に酒屋で胚芽精米を買ったのに乗じて、Four
Rosesを買った。その銘柄を選んだのは一番安価という簡単な理由からだ。ほとんどの場合において安価という理由が第一位にくるために、ウィスキー好きを自認しながらも本当の味を知らないとも言える。
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2001年11月12日(月) |
僕は控えめに言っても、寒さに弱い人間だと思う。女性並みの末端神経冷え性なのだ。寒くなると、手が石像か何かのそれのように肉体の一部とは思えないくらいに冷たくなる。
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2001年11月11日(日) |
筒抜ける青空の下、図書館まで。
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2001年11月10日(土) |
Sくんが夕刻より遊びに来るということで、お昼すぎに夕食の材料買いに雨傘さして出掛ける。
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2001年11月9日(金) |
家の前の黒く濡れた坂道に、雨雲が映っていた。
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2001年11月8日(木) |
シャンパン飲んで祝う彼女の誕生日。もっともっと大事にしなきゃと心に誓いの十字架立てたり。
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2001年11月7日(水) |
3ヶ月半の旅を終え帰国。出国のときは悶えるような暑さだったのに、帰ってみればみんなマフラー首まき、猫のように身体縮めて歩いている。成田空港から渋谷までバスに乗ってまず思ったのは、なんてインフラの整備された国なんだっていうこと。初めて日本にきた東南アジアの人のように瞠目して沿道を眺めていた。
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