2003年11月30日(日) |
一日のんびり。吉祥寺でお買い物しておしまい。
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2003年11月29日(土) |
ベランダごし、道路向こうの樹がこのところ葉を落し始めて、硬質な幹を現しはじめた。色づいた葉とのバランスがまるでユトリロの絵画のようだ。
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2003年11月27日(木) |
詩でも静かに読みたいそんな夜。 |
2003年11月26日(水) |
少しずつ仕事に余裕がでてきたかな。仕事を派遣の方にうまく振り分けれるおかげで、僕はデータ分析や学生へのアンケート計画、あるいは来期構想といった急を要さない伏線的な仕事にも手をまわせる。さらにはプライベートな時間をつくることもできて嬉しい限り。 |
2003年11月25日(火) |
「雨ふるふる。ふるえる指先。雨ふるふる。」
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2003年11月24日(月) |
「秋の肌触りと豊かなクオリア」
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2003年11月23日(日) |
「空間移動と時空移動」
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2003年11月22日(土) |
「見方によって、くだらなかったり面白かったりするもの、な〜んだ?」
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2003年11月21日(金) |
「心理学を研究するということ」
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2003年11月19日(水) |
「中華な夜」
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2003年11月18日(火) |
「こんな日々」
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2003年11月17日(月) |
今日は割愛。。。かっこわるすぎなんだもの。
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2003年11月16日(日) |
「ふりそそぐ秋の陽光」
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2003年11月15日(土) |
「電車に揺られて」
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2003年11月14日(金) |
「物を言い合えること」
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2003年11月12日(水) |
「風の又三郎みたいなマントでも翻したい秋」
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2003年11月11日(火) |
「傲慢な若輩者」
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2003年11月10日(月) |
「お菓子の効用」
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2003年11月9日(日) |
福岡に行って来た。九州の風土がそうさせるのか、学生の皆さんは一様に大らかで懐が深くて、なかなか楽しい懇談会だった。学生ではあるけれど皆それぞれ社会で仕事をもち、そうした経験などを聞いて僕も勉強になった気がする。今回はうちの専任教員の授業もばっちり拝聴できたし満足。
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2003年11月7日(金) |
ねむねむ。明日は朝早く起きて福岡だぁ・・・。起きれるか心配。心の優しい人は5時過ぎに僕を起こして。 |
2003年11月6日(木) |
こういう仕事をやっているとやはりサービスというものについて考えさせられる。思うにサービスには二種類あって、全体サービスと個別サービスというものがある。表面的には個別サービスをやっていれば仕事をやっている気になるし自己満足もある。だけど実は大事なのは絶対的に全体サービスだということ。特にマネージメントを求められる人間が個別サービスをやっていては組織が動かなくなってしまう。
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2003年11月5日(水) |
夕方いきなり学生課の課長さんから電話があって飲みに行くか?なんて言われたものだから、女性ばかりのこのセクションは「何かしら、何かしら」と好奇心ばかり。「また異動なんじゃないの?」と送り出されてみれば、単に誘われただけ。さらに上の方もいて、それも随分認められているみたいで恐縮しちゃった。「早めに実績はあげなさい」と言われたもののまだジャックが登る豆の木は雲の中。金の卵までは到達もできず。がんばろう、って思える飲みってありがたい。ただ、飲みに出たお陰で明日相当量やらなっきゃいけないかも。 |
2003年11月4日(火) |
タイで知り合って、春先には東京のご自宅まで押しかけてきたEさんから旅の報告。今回はシリアとレバノンに行かれたのだそうだ。仕事は厳しくこなされ、それでいて年数回は二週間くらいの旅に出る。そういう生き方もあるんだなって、ほんといい人と知り合ったものだ。チェコで知り合った人たちにもそろそろメールくらい出しておこうかな。 |
2003年11月3日(月) |
家でうつらうつらと過ごしていた。朝からサラダをたくさん食べて、ソファで意識が遠のいていくところを、選挙カーで起こされて、再び夢の世界へ。さて服でも買いに行こうかなんて思って、外を見ると驟雨。いろいろな人のことを考える、雨で閉じ込められたテントの中にいるときみたいに、あるいはテント布を流れていく幾滴もの滴を眺めるように。そうしてすっかり暮れていく。ぼんやりとした頭で本を読み、読み終える。
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2003年11月2日(日) |
慶應の日吉キャンパスにお邪魔した。なぜか、ジャンバルジャンの人生みたいに絡み合った釣り糸と戯れていた。イベントが見れなかったけれど、話が少しでもできてよかったよ。
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2003年11月1日(土) |
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11月。未だ読み終わらないカルヴィーノの小説をもって珈琲を飲みに外に出る。
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2003年10月31日(金) |
明治神宮、表参道、青山墓地とお散歩。志賀直哉とは会い損なったけれど、大坊にも入れたし、東京タワーまで見ちゃったし、いい日だった。どういう基準値かよくわからないけど☆3つあげていいよ。こういう日にはきちんと神様に感謝しなっきゃね。それで今は貰ったCD聴いてるってわけ。 |
2003年10月30日(木) |
異動して一ヶ月。ああ、受け容れられたなぁという実感。細かな苦情メールなんかに対処するのもいいんだけど、もう少しマネージメント力つけなっきゃ。一週ごとにある程度、目標を決めてやったほうがいいのかもしれないなっ。現業ばっかりじゃなく、もう少し戦略的なプランもあげていけるようにならないと駄目だよね。
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2003年10月29日(水) |
ようやくADSLに復活。これでストレスレスなネット生活。
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2003年10月28日(火) |
後ろの席の派遣の女性に「仕事おもしろいんでしょ?」って言われて、うんって頷くわけ。今日は先生とシステムの打ち合わせして、学生証のデザイン会社に会って、スクーリング用のホテルの業者に会った。そんな感じ。外部の人に会うのも少しずつ慣れてきたかもしれない。 |
2003年10月27日(月) |
R&B聴きながら夜。だからとっても気分がいいのです。このリズムにたゆたいながらずっと生きていけたらいいな。物思いなんか耽りながら、勝手に胸など痛めながら、誰かが訪ねてくるのを待ちながら。 |
2003年10月26日(日) |
学校祭というわけで高校生の進学相談。たいして仕事もなく、出し物みたりして呑気なものだった。教室をまわっていると、学生から名前を呼ばれたりするのだけど、顔を覚えていても名前がわからないなんてことばかりで失礼きわまりなかったり。最後は花火を見て、宴の後のあの一抹の寂しさを感じながら帰路へ。
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2003年10月25日(土) |
自転車で気の向くまま走っていた。線路沿いに簡素な住宅街があり、総武線の電車がずらっと並んでいるような車庫がある。そのまま走っていくと井の頭公園。森の匂いがしてわるくない。吉祥寺の人ごみ抜けて、職場の脇を抜けて、家まで。知らないところに初めて行くと、常に自分はこんなところに住みたいかどうかとか考えるのだけど、井の頭公園の近くあたりなら悪くないかなぁと思った。(東京の住宅事情から考えると、きっと高いんだろうな。)家に帰って今日二回目のお昼寝したら外は真っ暗。
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2003年10月24日(金) |
東京の学生と一般の方総勢百数十名集めて懇談会を行った。全部しきってさすがに疲れちゃった。
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2003年10月23日(木) |
ペイデイなんていうボードゲームがあったけれど、今日は嬉しい給料日。引越しに、夏の旅行の清算に、出張の取りやめなんかが重なって、lim0を越えてしまっていたくらいだったのだけど、一挙に打開。しかし、こんなことやってるようじゃダメだよな。少しは貯蓄という言葉も覚えなければ。
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2003年10月22日(水) |
最近、読書が遅々として進んでない。それなのにカレンダーの日付はどんどん変わっていくんだよね。
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2003年10月21日(火) |
「心理学は誘う」
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2003年10月20日(月) |
平日の日に休みを貰ってNTT回線繋げてもらったり、ようやく転居届け出してきたり。
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2003年10月19日(日) |
渋谷で北野武の「座頭市」を観る。
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2003年10月18日(土) |
コーエン兄弟の「バーバー」を観た。よくできていると思う。日常の流れているものたちをただ表面的にではなく、その中にあるものを見ていこうという試み。しかし、ものに内在する意味を掬おうとすればするほど、それは勿論表面にあるものと違う意味を有し、その差異だけが際立っていく・・・。
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2003年10月16日(木) |
日が経過するのは早いよ。僕は新しい仕事場に前の人とちょうど入れ替わって入ったんだけど、ぜーんぶそのまま業務移管なんだよね。上司から「(入学者の)入金はいつになる?」なんて突然聞かれたり、ふと開いた厚いファイル(スクーリング)の業務が実は自分に勝手に引き継がれている業務だったりして、あれもこれもって感じ。専任職員が三人しかいないってことで言うなれば、ほとんどの業務が自分のマネージメントしなっきゃならない業務ってことになるわけだけど。業務の効率化を図るためにやたらとアウトソーシングの会社が多くってそことのやり取りだけでも一苦労。やり方が悪いのか、どうなのかよくわからないけれど、派遣の方々みたいにすんなり帰宅って感じにならなくて、毎晩ひとりでPCに向かってたり。 |
2003年10月14日(火) |
雨の夜。雨だれが夜の調和を崩すように音を立てる。この一滴一滴が僕の思考の流れを寸断するから、古い記憶は散らばっていくばかり。 |
2003年10月13日(月) |
代官山デート。東京育ちのはずなのに、代官山には一回しか来たことがないなんてのたまうお嬢様。鉢植えで丹精に育て上げられた朝顔の花。多分人を否定的に見ることなんて考えもつかないだろうし、すべてにおいて肯定的な世界が広がっているんだろうなって感じたよ。しかしだからこそそこに入っていくことに迷いがある。 |
2003年10月12日(日) |
のんびり起きて雨模様。昨日新幹線で読むために買ったエスクァイアをぱらぱら。そのデザインに思わず触発されてHPをいじろうとするけど、自分のつくったHTMLの構造がわからなくなって意欲が削がれる。気付くと床の上に伸びて眠っている。はっと起きていったい自分は何をしていたんだろうって考える。そんなぼんやりとした休日。これから雨上がり濡れた道走り抜けて、電車に揺られて、きっと居眠り揺られて、横浜みなとみらいでギドン・クレーメルなる人のヴァイオリン・リサイタルを聴きにいくのです。
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2003年10月11日(土) |
S先生とともに名古屋へ。のぞみに乗って、ひつまぶし食べて、学生さんたちに出会って、会をアレンジして、お酒飲んで、たくさん話して帰ってきました。仕事の意欲も↑なわけで。 |
2003年10月10日(金) |
消防署の講習会受けに二日連続で隣隣町へ自転車で。同じ東京といっても、そのあたりは随分不便そうなイメージ。薬局の化粧品ポスターの女優の顔が違和感すら与える。人は東京という言葉を聞いたとき、いったいどこをイメージするんだろうか。銀座も、渋谷も、新宿も、青山も、下北も、浅草も、ここも、あそこも東京なわけで。明日は名古屋出張。 |
2003年10月9日(木) |
飲みに誘われて僕はただしゃべってる。相手が求めているものを手のひらにとって、それからゆっくり考えて。 |
2003年10月7日(火) |
包み込まれたい。スーツ姿、秋の夜道を自転車で走るとどこかに置いてきぼりになったような気がしてくるよ。そっと誰かが手を伸ばして、僕を連れていってくれたらいいのにな。食卓テーブルの向こうでそうだねそうだねうんうんって頷いてくれたらいいのにね。だけど自転車は走っていく。置いてきぼりにされたのか、何かを置いてきぼりにしてしまったのかもわからないままにね。 |
2003年10月6日(月) |
今回の異動で僕が一番期待されている業務というのがシステム対応ということになんだけど、今日始めてシステム開発保守をやっているSEとの打ち合せがあった。海千山千の兵がやって来るんだと思っていたら、静かな声で話す僕と同じ歳のSEがやってきたから逆に拍子抜けした。相手は僕がSEを続けていたらという仮定の今の姿でもあり、なんだか親近感がもてたというわけだ。人見知りしない性格と形容されてしまった僕はここでも結構楽しく話せたってわけだ。きちんと話すべきところは話したし、どうやら僕の初戦場に聞き耳立てていた周りの方々からも合格点を頂けたようだ。少しずつ、ここに溶け込んで業務に歯車が噛み合いつつあるような気がする。
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2003年10月5日(日) |
二連休というのは当たり前のようで当たり前でなかった。よっぽど疲れていたのか、土曜日はひたすらうたた寝ばかりしていた。日曜日ようやく身体が元に戻ってきて、渋谷まで出て「フリーダ」を観てきた。
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2003年10月3日(金) |
朝職場まで行ったら入り口のところで前の部長に会う。「心配になって見に来た」なんてにこにこしながら言う。「きっと宝物手放しちゃったのよね」と上司の女性は言うわけ。ありがたし。
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2003年10月2日(木) |
駅前の通信教育に異動になって、ここは僕以外すべて女性、そして僕が一番年下。もちろん社会経験も、大学での勤務経験も一番下。なのに、専任職員の立場上、マネージメントが求められているってわけ。こういう場合はどうしたらいいんでしょうね。
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2003年9月28日(日) |
週末フル出だったから今週はたくさん働いた。がんばりましたで賞とか貰ってもいいくらいだよ。延々とやっているうちに仕事があることに似ていることに気付いた。これは修論の研究に似ているんだよ。なんかこんなふうに日曜もやってたぞ、とか思い出したってわけ。やっている内容も、共学化で教室の机椅子の規格を変えると収容定員も変わるよというレポートみたいなのと、今後5年くらいのAV機器の整備計画だったりするわけで、理論づけしていく作業は同じようなものだ。どれくらい説得力のある資料をつくれるか、それが問題なわけなんだものな。
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2003年9月26日(金) |
今日はなぜかもてた。自分が女だったとしたら、自分みたいなのを選ぶものかなぁ。 |
2003年9月25日(木) |
「やがてここからいなくなること」
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2003年9月24日(水) |
「自分の限界を突き抜けてしまいたい」
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2003年9月23日(火) |
秋分の日。朝から透き通った青空に心地よい風。洗濯機をまわしながら、今日は映画を観にいこう、と決める。といっても、ネットなし生活だから何がやってるかがよくわからない。とりあえず渋谷まで行って映画館でもまわってみることにする。北野武の新作は込み込み(さすが東京)でパスして、ライズで「アダプテーション」を観てきた。この映画、結構面白い。にやにやできるという意味で面白い。セリフの呼吸やタイミングが結構練られている感じがした。「マルコヴィッチの穴」の脚本家が、新しい仕事に悩みに悩むというお話。これを観ると、ほんとうに悩んだのだな、という感じがする。どこまでが狙いなのかわからないけど、女性記者である主人公(メリル・ストリープ)が奔放な生き方をするラン栽培家の男に接するうちに自己の人生を見直していくようなややまじめなストーリー(=脚本家に依頼された元本のストーリー)と、ニコラス・ケイジ演じる悲観的な脚本家がそのストーリーを構成していくコミカルな姿が同時に語られる。勿論この前半で面白いのは脚本家が悪戦苦闘する姿である。しかし、あまりに考えすぎる余り、リアルワールドで女性記者に急接近していき、ストーリーはとんでもない方向に引っ張られていくってわけなのだ。最後はストーリーがコントロール不能になって、アクション・スリル・人生ドラマの入り混じったひっちゃかめっちゃかの様相になっていく。ある意味、ひっちゃかめっちゃかになってしまうのも、この脚本家の才能なのかもしれないけれど。こういう映画はあまり深読みせず、あははって楽しむのがあるいは一番いいのかもしれない。 |
2003年9月22日(月) |
突然、異動を言い渡された。異動先は大学ではなくて、駅前にある通信教育部。
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2003年9月21日(日) |
オペラシティで維新派(松本雄吉・演出)の舞台「nocturne −月下の歩行者−」を観てきた。精緻で凝った舞台美術の連続に、舞台全体で常に様々な動きがあり、まずそれに驚いた。そうして中国と日本という空間軸、現在と戦時中という時間軸を織り交ぜて、物語が進んでいく。しかしこの物語はストーリーがはっきりと示されているわけではない、イメージの羅列としてみることもできる。だから、そのイメージの連続を咀嚼して繋げることを観客は自分でしていかなければいけない。これは宮崎駿の映画を実際に三次元に開いて、そこから個性のあるキャラクターとストーリーをばらばらと寸断したものと考えてもいい。理解する努力によって、作者の意図が飲み込めたときそれは大きな感動になるだろう、しかしその作業で追われてイメージを繋ぎきれなくなった人にとってはただ凄かったとしか形容できないことだろう。僕は、ただ凄かったと呟き、会場を後にしたのではなかったか。
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2003年9月20日(土) |
夏休み終わって学生が構内に戻ってきた。これから二週間は履修相談。雨の土曜日ということで出足は遅くしばらく閑古鳥が鳴いていた。答えるのがきつい相談もあるかと覚悟していたけれど何だか拍子抜け。昼過ぎにはさっさと家に帰ってきて、久し振りにのんびりした。 |
2003年9月19日(金) |
ここのところ帰りが遅くなって蕎麦ばかり湯がいて食べてる。蕎麦、柿ピー、ビールの三点セット。何の栄養が足りないかしら。
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2003年9月18日(木) |
やはり競技場でイナズマンしすぎた。ここに来て、脳の回転が鈍り気味。昆布のようなものが脳の歯車に引っ掛かってきれいに回ってくれない感覚。まぁ頑張っているお陰か、課では仕事をやっていても一体感を感じるわけだけど。忙しいけれど、仕事そのものには不満がないし、面白いものでもあるし、常に自分の能力を引き出すようなチャレンジであるわけだから本当に恵まれているなぁって思う。 |
2003年9月17日(水) |
僕が初仕事として計画した教室機器の納品日。教室を回って、新しく導入したプラズマディスプレイやDVDなどをチェックしてみる。学生が20人くらいたむろっている部屋があって、そこでDVDの映像をチェックして、ついでに後ろ振り返って学生たちに「どうですか、よく見えますか?」なんて訊いてみたら、一生懸命お世辞を言おうとしてくれるのでちょっと笑っちゃった。
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2003年9月16日(火) |
ちょっと仕事やりすぎた。マラソンにたとえると、よーいどんの競技場の周回コースで先頭にたった市民ランナーみたいな感じ。まだ42.195−αkm残っているんだからこんなにやるんじゃなかった。全体のペースを配分できなければ、競技場をトップで出て行っても意味がない。そういえば大学時代の駅伝大会で最初の周回コースをトップで走るとイナズマン賞なんていうのが貰えてたっけ。 |
2003年9月15日(月) |
日比谷の帝国劇場で「レ・ミゼラブル」を観てきた。俳優たちの声の張り、舞台の巧緻さに驚かされた。革命のシーン、ジャンバルジャンがマリウスを助け出す地下道のシーンなんかの舞台設定なんか上手かった。
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2003年9月14日(日) |
オープンキャンパス。相談会場の総合というところに回されたから、全ての学科について万遍なく高校生の質問を受ける破目になった。愛想良くぺらぺらとしゃべっている自分がいて、なんとも不思議な気分だった。僕って口下手だったんじゃなかったけ。最後の子とは向こうもしゃべりやすい相手だと思ったのか、延々と話していて、気付いたら手伝いの学生たちが二十人くらい廊下で終わるのをてぐすね引いて待っているなんて状態になっていた。
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2003年9月13日(土) |
「スペア」
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2003年9月12日(金) |
「東京住宅事情と大学事情」
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2003年9月11日(木) |
「一兵卒もやがてはね。」
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2003年9月9日(火) |
「余裕が生まれた」
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2003年9月7日(日) |
「新しい街、新しい生活」
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2003年9月5日(金) |
「しばし休止です」
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2003年9月4日(木) |
「月面歩きの方法」
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2003年9月3日(水) |
「溺れ泳ぎとR&Bなドライブの夢想」
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2003年9月2日(火) |
「流れ」
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