2005年9月29日(木) |
「鍵のかかった部屋」の最後の最後で、(お風呂で読んでたせいで)本が指先から滑り落ちて、浴槽のお湯の中に沈んだ。これも消失のひとつなのかな。 |
2005年9月28日(水) |
クールビズは終了ということで久しぶりのネクタイ。仕事は定時過ぎに切り上げて習い事。この2ヶ月苦しんでいた咳も、肺の痛みもとれてきたみたいで健康体に戻ったようだ。 |
2005年9月27日(火) |
眠たげな休日明け。適当に仕事こなして、夕食食べてから、悠々と習い事。医学部の学生と知り合った。 |
2005年9月26日(月) |
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札幌4泊5日。実家に寄って家族会議して、ワンゲル連中と十勝岳周辺を登山して温泉。札幌の空気はひんやりとして心地よく、空は碧く澄んでいて遠近感を失いそうになるほどだった。 |
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2005年9月21日(水) |
まるで市庁舎の塔にあって、定刻になると出てきて人の目を楽しませるようなぜんまい仕掛けの人形のように、僕は起き、仕事へ出かけ、仕事を終え、夜を迎える。 |
2005年9月20日(火) |
とうとう整形外科へ。胸の骨にひびが入っている可能性が高そうだけど、どちらにせよ時間がたてば治るようなものなんだよ、なんて小さな診察室で体育系的な大きな声の医者はよく響く声でいった。胸に湿布をあてたら、ちょっと楽になったよ。 |
2005年9月19日(月) |
二泊三日の大阪。二軒のおうちを訪ねて、質の高い暮らしを垣間見て、話をしてきたのでした。そうして、きちんとデザインされた自分用の空間が欲しくなったわけ。 |
2005年9月16日(金) |
NHKでやっていた社長塾(名前違ったかも)という、業績の立ち行かなくなった中小会社の社長さんたちが集まってきて、そこで経営を立て直すという取り組みが面白かった。塾の先生は経営のスキルを教えるわけではない、ただ自分の頭を使って真剣に悩んで行動するためのヒントをわたしてあげるだけだ。始めはヒントに対して「そんなことなんかやったことないし、どうやったらいいかわからない」なんて言ってた社長がどうにかこうにか次から次へとやってくる難問を自分の力で打破しようとしたとき、明らかに何かが変わっていく。悩むからこそ行動に移るし、それは他の人にも影響していく。三ヶ月たったとき彼らの目の輝きが違っていた。困難を一つ一つクリアして結果を得られたことに喜びを感じていたのだと思う。その喜びを知ったのだと思った。僕も目をあんなふうに常にきらきらさせていたいな。 |
2005年9月15日(木) |
めちゃくちゃ久しぶりの習い事。うぃー。また積み上げていきましょう。 |
2005年9月14日(水) |
接待というのかな、業務を委託している会社の人と飲んだ。いい飲み屋なんですよ、って連れていかれたのは、うちから1分のところだったり。「これだったら酔っ払っても這って帰れますよ」なんて軽口叩いたり。どの食べ物も美味しくて幸せ。 |
2005年9月12日(月) |
ここのところ不健康な話題ばかりだけど、肺が痛くって今度は大きな病院へ。ひととおり検査を受けたけれど、やっぱり異常なし。先生もわからないって。こうなったら自然治癒力で治すしかないか。 |
2005年9月11日(日) |
投票して、前の携帯を解約しておしまい。あとは家でのんびり。これから明太子パスタとアスパラのサラダでもつくって、選挙速報でもみようかな。 |
2005年9月10日(土) |
吉祥寺までてくてくとお散歩。散歩にちょうどいいくらいの距離で、ダンディゾンでパンを、cinqで台ふきん、loftでバーバララのハンドソープ、auで新しい携帯を買ってきた(ケータイメールはharukatabi@ですので変更お願いします)。夜はクリームパスタとアボカドとインゲンと海老のサラダ。家でも贅沢を味わえるね、なんてにっこり。 |
2005年9月9日(金) |
ダッシュで帰って、飯田橋でハンス・ワインガルトナー「ベルリン、僕らの革命」。今のような革命などなき時代に本気で革命を謳った映画ではなくて、むしろ60年代の革命世代などにもう一度生きる意味を求めたところを狙いにしていた。60年代の革命家気取りの若者たちと、彼らにひょんなことから誘拐された元革命家世代の資本家が、山小屋で交流を重ねるという映画。しかし、僕らの世界の構造が資本主義と貨幣経済を基本としている以上、僕らはその中で生きていくしかないんだと思うよ。理想を追うのはよいことだけど、それは若者でいるうちの特権であって、僕らはどこかで転換していかなければならないとそんなことを思った。だからこそ、僕だって、今の生活があるわけじゃない。ただ、理想を求めていたことを忘れてはいけないと思うわけなんだ。意外にいい映画だった。 |
2005年9月8日(木) |
昨夜から肺が痛くて、職場の人たちに心配されたり、(肺炎か肺気腫じゃない?とか、呼吸困難になったりするよ、なんて)脅されたりして、病院にいってきた。結果、レントゲンとって特に異常なし!、ということで、炎症和らげる薬飲んで今はウィスキーなど飲んでるわけです。 |
2005年9月7日(水) |
インターネットにまだ繋がらないというか繋がる見込みもなさそう。相対的に音楽を聴いたり、アルコールを飲んだりする時間が増えたように思う。 |
2005年9月6日(火) |
微妙に身体の中で眠気が漂っている感じ。最近、つとにエクササイズの必要性を感じる。歩いて3分のとこにあるスポーツクラブの門を叩く日も近いかも。 |
2005年9月5日(月) |
今ひとつ休んだ気がしなかったけれど、仕事はじめ。午後は研修で財務諸表の読み方など習う。 |
2005年9月4日(日) |
押入れの収納ボックスを通信販売雑誌でかなり真剣に選んで、近くのケーキ屋さんまで散歩しておしまい。 |
2005年9月3日(土) |
新しい部屋は駅の北口から5分。南口を探検して、「デイリーズ」(デニーズじゃないよ)でお茶した。 |
2005年9月2日(金) |
書類手続きひととおり済まして、和菓子屋さんで生菓子買って、管理人さんと隣の部屋の人(表札に会社名が入ってるから何か事業をやっているみたいだ)に渡してきた。賞味期限が今日中というのが玉に瑕。 |
2005年9月1日(木) |
引越し。新しい部屋に入って、荷物も多少整えれば、我が家という感覚。部屋の広さが単純に2倍近くになった分、のびのびできて嬉しい。 |
2005年8月31日(水) |
「八月の終わりのセンチメンタル」 |
2005年8月30日(火) |
長い八月の仕事も終わり。後輩と二人で打ち上げしてきて、閉店最後まで店に残って話し続けてきたよ。これやりたい、あれやりたいって感じで意気揚々。 |
2005年8月29日(月) |
司会も板についてきたみたいで、何度か笑いが起きた。リズミカルにテンポよく話すコツみたいなのをちょっと掴みかけてきたように思う。うまく話すには、自分の話調に、聞いてる人のキモチをうまくのせることが重要なのかもしれない。 |
2005年8月28日(日) |
焼肉を食べたせいか、体調がよくって、仕事中も愛想がよかったよ。あと2日・・・。 |
2005年8月27日(土) |
ウルトラマンだったら胸の光が消える寸前というところ、焼肉屋に駆け込んで、どうにかエネルギーゲージが復活。帰りに花火大会の脇を通ったら、空から破片が落ちてきて危うくこの身体を夏の夜に焦がすところだった。火薬音と硝煙ばかりがすごくて、花火というより火事といった趣だった。 |
2005年8月26日(金) |
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相当身体がお疲れみたいで、ひたすら充電ならぬ睡眠をとって一日を過ごしてしまったよ。充電ランプがすぐ切れてしまうくたびれた電化製品にでもなったような気分。仕事も残り4日で、夏休みです。今年の夏は未だ知らぬ遠い国には行かず、引越しで終わってしまいそうです。 |
2005年8月25日(木) |
恵比寿まで行って、出張で東京に出てきた父と沖縄料理屋で飲んできた。僕は泡盛のグラスあけてたけど、父はなぜか梅酒。僕の身辺のことと選挙の話題が中心。帰りに雨ふる恵比寿神社に案内したら、何か神妙に拝んでいた。よく考えてみたら、僕は拝むのが瞬間技なので(自分が神様だったら長く拝まれたら敵わないというただそれだけの理由)、いつも他人の拝む姿を眺める破目になっているような気がする。 |
2005年8月24日(水) |
村上春樹の小説を読んでいると早く秋にならないかなっていう気分になる。すべてが透きとおっていくような秋の日がやってこないかなってね。それで、久しぶりにビル・エバンスなんか聴いているわけだ。 |
2005年8月23日(火) |
吉祥寺で学生と飲む。と言っても年下はひとりだけだったけど。いつもながら、面白い繋がりだなって思う。来年も飲もうねっていうことでバイバイ。 |
2005年8月22日(月) |
モフセン・マフマルバフの「カンダハール」。地雷で片足をなくした人たちのいる荒野めがけて、落下傘が舞い落ちていくシーンから始まる。落下傘についているものをよくよく見ると、それが義足であることがわかって、一瞬度肝を抜かれる。絶対的な、文字どおりともいうべき「不足」。ストーリーはカナダ在住のアフガニスタン人の女性が国に残っている妹探しをするというもの。文明国からやってきた彼女は、自分の国だというのに、非文明国たるアフガニスタンにうまく溶け込みきれていない。危険性がうまく察知できず、ただ成り行き任せに人から人を頼り、そして最後に・・・。 |
2005年8月21日(日) |
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読書して、昼寝して、夕方になって沖縄居酒屋。夏の休みの過ごし方として僕的には悪くない。だって外は熱過ぎるものね。 |
2005年8月19日(金) |
司会も7回目となれば緊張もしなくなる。もう少しやっていけば軽妙なジョークでも言えそうな気がする。 |
2005年8月18日(木) |
僕以降に採用された人たち10人を集めて飲み会。ここではたった二年の職歴なのに後輩から慕われているのをひしひしと感じることもできたし、楽しくって、おかげで飲みすぎた。明日起きれるか不安。 |
2005年8月17日(水) |
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24時を過ぎたというのに外からは絶え間ない蝉の声。クーラーを消していたから、無機的な送風音の代わりにこんなにも虫の声がするのだろう。それでもまだノートPCの唸り声が部屋に残響している。小学生の頃、母が谷川俊太郎の「耳をすます」という詩を僕の机の脇に貼ってくれていた。谷川さんもこの詩を書かれたとき、こんなにも21世紀が無機的な音であふれていて、ますます僕らが耳をすまさなくなるなんてこと知ってたのかな。そうやって、下の詩の朗読ファイルを聴いてたら、嫌がらせのように網戸のすぐ脇に蝉がへばりついて鳴くというか喚きだして、詩を聴くどころじゃなくなったり。蝉にも、ゴーシュさんの家にやってくる動物みたいな殊勝な心があるのでしょうか。 |
2005年8月16日(火) |
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クリストファー・ノーランの「インソムニア」。白夜のアラスカを舞台にした警察物。背景の氷河や湖沼や森といったアラスカの雄大な自然にまず目を奪われる。 |
2005年8月15日(月) |
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ミロス・フォアマンの「アマデウス」、遅かれながら観た。冒頭から最後まで音楽が圧倒的。ふつうにCDで聴くより、お腹にずんと響いたような気がする。アマデウスとサリエリ役の演技も素晴らしかった。レクイエムをつくる最後の夜の共同作業が、そこでお互いに認め合い賞賛し合えることこそが、この映画のサリエリにとってほんとうに必要なものだっただろうに。天才を羨み、妬み、殺し、苦しまなければならない秀才ともいうべきサリエリのなんて孤独なことだろう。 |
2005年8月14日(日) |
猛暑が和らいできたのに伴って、身体も少しずつ回復してきて、ようやく頭がまわるようになってきた。この半月、脳細胞が死んでいたのが、3割くらい動くようになってきたという感じ。地球温暖化で東京が亜熱帯になったら多分僕は役立たずで即行クビだと思うよ。 |
2005年8月13日(土) |
以前松本でお会いした学生さんの学習相談用に彼女の成績や過去の各科目の質問をWEBシステムで確認していたら、学習の質問ひとつひとつが深くて、僕のほうが感銘を受けてしまった。学問を学ぶって、ひとつひとつのものを書籍で確認して、教師に質問することで深めて、それを自分のものとしていく過程なのだって今頃悟ったってわけ。思わず隣の女性に”学生時代に教員に質問したことなんてありました?”なんて質問してみたり。少なくとも僕はなかったよ・・・。もっともっと学生の方が学習しやすい環境を整備しなっきゃなぁと、あるいは自分も勉強しなっきゃなぁと触発されたわけでした。 |
2005年8月12日(金) |
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石井克人の「茶の味」。最初想像していたのよりかなりよかった。どうもこの監督には「鮫肌男と桃尻女」や「Party7」のイメージが強く、日本映画になかったようなタランティーノ的なカッコよさと我修院達也の演技のような突拍子なさが併存して面白いのだけれど、映画そのものは広告的で深い意味を有していないものしかつくれないんじゃないかなって思ってた。それがこの映画ではその先に一歩進んだようなものに仕上がっている。この映画に出てくる人たちはどの人も自分のペースで生きている。何かを貶めたり、何かと競争して打ち勝とうというところはなく、自分のもっているものがどのように周りと調和していくかを考えている人たちがいっぱいだ。映画全体のまなざしの優しさが素敵だと思う。浅野忠信と中島朋子の語らいのシーンとか、佐藤貴広と土屋アンナの地味な初恋とか、坂野真弥の逆上がりの成功シーンとか、見ていてほのぼのとしていて心が安らいだ。途中挿入される「山よ」の歌あたりは石井監督の本領発揮なんだろうね。いい映画だったな。 |
2005年8月11日(木) |
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卒業研究の中間発表対応をひとりでこなす。先生も合わせて80名くらいやってきたのを我ながらうまく裁いたと思うけど、学生から個人情報やPPTについてのクレームがあって、体調が優れないせいもあるけど、久しぶりにげんなりした。人に敬意をもたずに自己主張しかしない人って苦手かもしれない。他人を慮ることって大事だと思うけど。 |
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2005年8月10日(水) |
昨日の薬が効いたのか少しずつ回復してきた。でも夕方に薬が若干切れた感あり。現状の仕事はどうにかこなしているけど、先の布石が打ててない気がする。 |
2005年8月9日(火) |
給与関係の小会議に出るも、風邪で熱っぽくて甲虫のように沈黙してたら、終わった後で先輩に「今日は切れ味がないねぇ」と言われてしまったよ。いたし方なく、病院で診察受けてきて、薬もらって帰って神妙にしているかと思えば、そうではなくって、焼肉会などに出かけたりして。 |
2005年8月8日(月) |
松尾スズキ「恋の門」。強烈な一撃ではあるけど、僕には若干濃すぎたかな。ぶっきらぼうな松田龍平がいい味を出してます。 |
2005年8月7日(日) |
あまり日曜という意識もなく、八時前から七時近くまでこまごまと。今のところは順調だね。 |
2005年8月6日(土) |
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金曜の夜遅くにジェノベーゼを0からつくる。美味しくって、気づいたらぐっすり眠っていた。そのまま朝ごはんをはさんで16時半まで眠り、陽の落ちるころに新宿で大学のワンゲルの諸先輩と沖縄料理屋で飲み会。風邪は少しずつ回復に向かいつつある、と信じたい。 |
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2005年8月4日(木) |
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中島哲也の「下妻物語」。ロココ調に憧れるロリータな深田恭子と昔懐かしヤンキーな土屋アンナの茨城の下妻という田舎村を舞台にした友情物語、と聞いて面白いわけがないという気でずっといたのだけど、案外評判がいいので、観てみたというわけ。映画全体のテンポがよく、キャラクターづくりが巧みで、面白い。結局、個性(キャラクター性)というものをうまく一人一人に入れ込めたおかげで、力強くてパワフルな印象を与えている。中島哲也氏は山崎努と豊川悦司の黒ラベルの卓球CMを作った人だそうで、なるほどと納得。 |
2005年8月3日(水) |
体内のバロメーターを株価にたとえると、一年で一番下がっているところかな。(買時?) |
2005年8月2日(火) |
かなり風邪が身体でがんばってるから、夕食は健康側の大援軍となるようにかなりの栄養と量を摂取。これで戦況は変わるかもしれない。 |
2005年8月1日(月) |
外と内の温度差が激しくて、冷涼な気候育ちのこの身体はついていかなくなってる。夏風邪は免疫力が落ちてなってしまうらしい。ソウルで買った柚子茶を季節錯誤のまま飲んでたり。 |
2005年7月31日(日) |
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一日中クーラーの利いた部屋で、本読みしたり昼寝したり。夕方になって沖縄居酒屋でご飯食べて、家に戻ってサッカーなど見てたり。攻めあぐねていたね。 |
2005年7月30日(土) |
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隅田川花火大会。一時間半前に行って場所をしっかり確保して、ビール飲みながら夜空眺めた。上空で破裂してから光の筋が四方八方に分かれていくものなどあって、楽しかった。帰りは彼女の家までてくてく。 |
2005年7月29日(金) |
8月の準備でキャンパスのあちこちに立て看板を用意。僕らの仕事の様子を、同僚が垣間見て言うには、あまりに楽しそうで声がかけられなかった。そりゃ、これが労役だったら炎天下にやってられないものね。肌がひりひり。 |
2005年7月28日(木) |
咳がとまらなくなってきた。誰も風邪をひかないような時期に風邪をひくなんてどういうことなのかな。外の照りつける強い日差しで、菌たちが消滅したらいいのにね。 |
2005年7月27日(水) |
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チケットを急にもらって、レアルマドリード再び。今度はジュビロ磐田戦。二日前とは見違えるよう。滑らかなパス交換に、ここぞというところで鮮やかにゴールが決まる。溜めたものを一挙に放出するような快楽的なプレイにアドレナリンは駆け巡る。これまで観たゲームで一番楽しかったと思う。 |
2005年7月26日(火) |
新しい後輩のモチベーションが高く維持されている。うまく彼のやりたいことを引き出して、それはやらないとね、っていう感じで差し向けているのがいいのかも。 |
2005年7月25日(月) |
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仕事を定時で切り上げて、味スタでヴェルディVSレアル・マドリードを観戦。ベッカム、ロナウド、ジダン、ラウル、フィーゴ、オーウェン、グティ、ロベカル・・・の名だたる集団も東京のhumidな気候には耐えられなかったのか精彩を欠いた。今シーズンはよいところなしのヴェルディの動きが逆によく見えるくらい、パスミスやシュートミスが多かった。しかし、スタジアムというのは独特の雰囲気がある。ほんとうに素晴らしいプレイはきっと美しい数式でその軌跡を描くことができるのだろうと思う。 |
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2005年7月24日(日) |
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銀座でエミール・クストリッツァの「ライフ・イズ・ミラクル」。いつもながらの軽快な東欧音楽に、犬・猫・ロバ・熊・鶏・アヒル・ガチョウ等動物たちがかもし出す面白さ。クストリッツァにしか作り出せない映画に感服。ボスニア内戦の悲劇がベースにあるのに、そこに生きていく人間たちの力強さときたら、プリミティブなものを感じさせる。主人公のほろ苦い恋愛もまたよし。 |
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2005年7月23日(土) |
家を決めたのでした。ベランダが広いから何育てるか楽しみ。未来を予想すれば、すべてはそのようになる。少なくとも、僕にとってこれまで未来と現実はそういう関係性をもっている。想像力をきちんと発揮することができるかどうかが問題なのだと思うよ。幸せになりたい、と言ったときにその幸せのイメージが貧弱だと、幸せはそれ以上のものにならないだろうし。まぁとにかく、イメージどおりの家になってほんとうによかった。そして、そこで始まる新しい生活のことも、僕にはきちんと想像できるわけなんだよ。 |
2005年7月22日(金) |
研修終了。オフィスに戻れば手ぐすね引いたように仕事が待っていた。さらに会議で沈。 |
2005年7月21日(木) |
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久しぶりの通勤列車のサーディン化に辟易しながら研修二日目。債権関係を勉強した。金利が上がると債権が下がるという意味がようやくわかった。午後の最後には金融工学の博士が出てきて、微積・確率・行列の式がたくさん出てきて数学の授業って感じだった。マルコフ連鎖という言葉が出てきて、なんか聞いたことあるなと思ったら、大学のときに土地利用変化と植生変化の予測を立てるモデルとして勉強したことがあったのでした。地味に懐かしかったです。 |
2005年7月20日(水) |
今日から三日連続の証券会社主催の資産運用関係の研修。経理でもなく、経済学部出でもない僕がこの研修に出るのは変といえば変だけど、まぁいいかな。資金運用の基本について体系的に学べるのが楽しい。脳をスポンジにして、たくさんのことを吸収したい。 |
2005年7月19日(火) |
給与関係の小会議。虫の予感で、説明役を任されるんじゃないかと思って一応用意して行ったら、着くなり先輩に「今日の説明頼んだよ」だって。つっかえつっかえ、みんなに説明して、その後で意見交換などして一体感が得られたのはよかったけど、脳細胞が疲れました。そのあと、習い事に久しぶりに行ってきたよ。脳細胞が疲れたら食べるに限るってことで、夜は鰻を食べたのでした。 |
2005年7月18日(月) |
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電車とバスを乗り継いで九十九里浜。白波の冷たきこと、砂粒の熱きこと、夏の太陽の素晴らしきこと。 |
2005年7月17日(日) |
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家探し。 |
2005年7月16日(土) |
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有楽町でショーナ・オーバックの「Dear フランキー」。裏の意味づけなどが全くない映画だけど、涙が一粒、いい映画だった。配役、音楽も悪くなかった。少年役の媚びないぶっきらぼうさもよかったし、母親が仮の父親が現れた瞬間から徐々に表情が美しくなっていくところもよかった。子供にとって二親の愛情の必要であることがひしひしと伝わったよ。 |
2005年7月14日(木) |
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星野智幸の「在日ヲロシヤ人の悲劇」。イラクへの自衛隊派遣から、人質事件での人質への悪意・中傷・・・そうしたものへの疑問と怒りを連綿と綴っていた星野さんのダイアリでの考え方が、ストーリーとして置換されたという印象を受けた。社会や組織から外れている強い人間を徹底的に集団でスケープゴートとして叩きのめし、集団での力の誇示によって自己を正当化させる方法、そうしたものがまかりとおっている現代の日本において、ここに出てくる家族はそれぞれのやり方において、これに処していこうとする。 |
2005年7月13日(水) |
給与関係の話し合いで上位職の方とみっちり二時間。大学全体のことを考えるのも重要だけど、自分の業務がその分進まないのはどんなものかなぁ。 |
2005年7月12日(火) |
ある時点で札幌に帰りたいなって考えてみる。そのときの条件をよくするには何が必要なのか、考えておかないと。漫然と日々を過ごさないようにしよう。将来を描くとき、細部を突き詰めていくと、その未来の点に直線を引っ張るには何が必要なのか見えてくるよね。 |
2005年7月11日(月) |
ドライカレー食べてから、西瓜切ってみる。夏っぽいね。 |
2005年7月10日(日) |
飯田橋でキム・ギドクの「サマリア」。全然期待していなかったのに、結構よかった。映画館を出た後の太陽がとても眩しくて、何か非日常世界を通り抜けて、細胞の何かが変わってから現実に戻ってきたような気分になったくらいだった。内容は女子高生の援助交際なのだけど、ただ興味本位で取り上げたわけでなく、かなり深層のほうも掬おうとしているところがいい。特に後半の父親の葛藤―残酷で冷血的な暴力と娘を見守る温かさの同居―を、心象風景を使いながら、それでいて寡黙なままに伝えてきたところはインパクトが強かった。 |
2005年7月9日(土) |
帝国劇場で「モーツァルト!」観劇。出だしのメリハリがなかなかよく、アマデウス役の中川晃教が伸び伸びした演技をして思わず身を乗り出したが、序盤のみで中盤から終盤一挙に失速。俳優陣は市村正親、高橋由美子、山口祐一郎、西田ひかる・・と豪華で演技も悪くないのだけど、残念ながら肝心の脚本がどうにもこうにも。まずインスピレーションの豊かさ、溢れる音楽的才能、それでいて反逆児的なモーツァルトの姿を捉えきれていない。せめて、モーツァルトの曲をもっと効果的に使えたような気がする。そして、父親や姉の苦悩、恋人の苦悩といってものが中途半端でよくわからない。道化の入れ方がその一方で中途半端で、感動させるところと笑わせるところが乱れてしまっている。なんだか勿体無いとしかいいようがなかった。辛口になるのは、この前観た「nine」の芸術のインスピレーションの強さや生活との苦悩がよくできていて、それと比較してしまっているからというのもあるからかもしれないけど・・・。中川君はギリシア悲劇なんかにも合いそうですね。またいずれ演技を見てみたいです。 |
2005年7月8日(金) |
仕事も順調、新人君にはパワーアップしてもらおうと、いろいろ外の研修会に出てもらうことにした。人的投資だね。こうやって力を付けさせると必然的に僕の異動時期が早くなりそう。 |
2005年7月7日(木) |
七夕の夜というのに気づいたら突っ伏して二時間も眠っていた。宇宙船から放り出されて、虚無の中に吸い込まれた宇宙飛行士のように意識がなかったよ。 |
2005年7月6日(水) |
教授陣の会議に出てデモ。ちょっぴり緊張しながらしゃべったよ。 |
2005年7月5日(火) |
頭の中が煙霧にまかれて、眠いようだ。 |
2005年7月4日(月) |
むしゃさんに招待されて(ありがとう!)mixi初体験。ネット上のコミュニティって感じですね。本名まで出しちゃうというのに逆に安心感があるんでしょうね。趣味のお仲間を探すのにはよさそうです。 |
2005年7月3日(日) |
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アニエス・ジャウイの「みんな誰かの愛しい人」。有名人たる父に対する周囲の羨望と身体のコンプレックスをもつ女性が自己中心的なところから精神的に独立しようとするところまでを描き出した。ジャウイは「ムッシュ・カステラの恋」の初監督で名を成したそうだが、「ムッシュ〜」のほうが若干出来がよいかな。この人の映画は難しい人間関係の絡みを扱っていて、最後までその絡みがほどけなかったりするから、終わったときに観た人はそのこんがらがった人間関係を持ち帰らなくてはならなくなる。最後に何か光明のようなものをそこに見出すが、果たしてそれがうまくいくのかどうかはわからないのだ。 |
2005年7月2日(土) |
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カン・ジェギュの 「ブラザーフッド」。戦争の醜さというものがよくわかる作品になっている。朝鮮戦争というものはずっと歴史上の史実にしか過ぎなかったけれど、同じ人種で憎み殺し合った様子を描いたこの映画で、歴史の記号の中に多量の血が流れたことを思い知らされた。戦争というものに正義というのはありえないし、ただ醜い殺戮に過ぎないということを、ハリウッド並みの銃撃戦や涙ものの兄弟愛の中に挿入したのはよかったと思う。出演者ではウォン・ビンの演技がなかなかよかった。しかし、なぜ日本はこういう映画を作れないのでしょうね。 |
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2005年7月1日(金) |
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七月になった。今週末は久しぶりに何も予定なしで、彼女も実家に帰っちゃったからほんとうに何をしようか?の休日になりそう。 |