* Start of this trip * 
 GWまとめて休みがとれそうだったからどこに行こうかといつものように地図と相談。初め、実はカリブ海の島を考えていたのだけど(単に割と安いチケットがとれそうだったから)、治安情報を読むうちに恐れをなしてきて、手前?のNYで決定。NYといえども、行ったこともなく、自分のイメージの中ではかなり危険な感じ。初めての海外でLAの空港に降りたときに感じた異国の空気の違いをもっとも感じられそうなところ。ずっとNYには気後れを感じていたのも事実。
(旅を終わってみれば、そんなのはすべて杞憂でしかなく、今はもうどこにでも行けるような気がするわけだけど。こうやって世界は小さくなっていくのかもしれないね。)

 それから一都市滞在型の旅行も初めて。いつも小さなリュックをかついで、気分の赴くまま、電車に飛び乗り、あっちへふらり、こっちへふらりっていう感じだったのだけど、今回はきちんと車輪付きのバッグを買って、備えたってわけ。空港の滑らかな床を後ろ手バッグ引っかけ歩くと、ちょっとオトナになった気分。
泊まっていた宿の横にあったカフェにて。
 
2004年4月29日(Thu) 東京→UA800便→NY
 
『Warp in the 21century』 
 夕方の便なのでお部屋を掃除して、新聞をとめて、のんびり家を出る。
 成田は混雑。カウンターに並ぶのもすごい長蛇で、蛇の尻尾にくっつくとほんとうに自分がカウンターまでたどりつけることができるか心配になるくらい。

 離陸。どうしてこんなにいつも眠気がくるのだろう、と離陸後ふと我に返って思う。人間はやっぱり生物で、空中に高速で浮かぶということに対して、身体が抵抗しているのかもしれない、とも思ってみる。カムチャッカ・シベリアからアラスカに抜ける長い空の旅。腕時計のふたつの針のひとつがここで絶命。

 夕方に出て、その日の夕方に着くこの不思議。これぞ、21世紀型ワープだ!とは誰も喜ばない。NYは怖いというイメージがあったくせに、あっけなくバスに乗り込んで、横のイギリス人と話をしているうちに無防備なままに眠っている。
 バスステーションで降ろされて、荷物からから引っ張ってあっという間に宿。今回はユースホステルみたいな日本人宿。ピンポン押してしゃべった英語に日本語が返ってきて拍子抜け。

 宿について、ソファに座って、僕がしていることといえば、相変わらず女の人としゃべっている。それから夜闇色になりそうなNYの街をおそるおそる歩いてみる。日本では入りもしないくせに、吉野家で狂牛を食べてみる。そうして宿に帰ってきて、今度はまた別の女の子としゃべっている。そうやって長い一日も了。ぐっすり。
牛と鶏のコンボボックス。鶏のほうが好きかも。
 
2004年4月30日(Fri) NY セントラルパーク・メトロポリタン美術館・「アイーダ」

『Feeling a slight fever』
 早速ということでセントラル・パークへ出かける。実は大学3年のときの英文ゼミで訳もわからず読まされたからなんとなく変な愛着があった。地下鉄の駅から降りて、のんびり公園内を散策。緑がスクリーンを通したように鮮やかで、気分がよかった。

 セントラル・パークから直接メトロポリタン美術館へ。あらゆるアートが集積されているということで、自分の中では19世紀印象派以降を見ていこうと決めておく。オキーフ、ホッパー、ロスコ・・・といったこれまで見る機会のなかった絵画に加え、セザンヌ・ゴッホ・ルノワール・ピサロ・モネ・・・といった印象派の画家には一部屋ずつ与えられていて、見ごたえがあるのなんのって。ルソー、ピカソ、クレー・・・等々、次々に繰り出される絵画。なんて幸せなことだったろう。絵ひとつひとつに自分の感性が一瞬委ねられる瞬間があって、幸せな登山の後のような疲労を感じてしまう。興奮の後の微熱。火照った身体を椅子に休め、窓の外のセントラルパークの緑を眺める。
 そうやって見てやっぱりピカソはいいなと思ったし。視るという行為を際立たせるバルテゥスの作品も面白いと思った。仏像関係も見ごたえがあってちょっと驚いた。

 
 夜はブロードウェイに「アイーダ」(music:Elton John, lyrics: Tim Rice)を観にいく。アイーダ役のDeborah A.Coxら主役三人の歌唱力が圧巻。舞台、衣装どれも素晴らしい。間違いなくこれまで観た舞台の中でもっともよかった。最後の挨拶では、お客さんが全員スタンディング・オーベンション。

爽やかなセントラル・パークの朝

メトロポリタン美術館。窓の向こうはセントラル・パーク。

メトロポリタン美術館のアジアコーナー

セントラル・パーク内の大きな池

 
2004年5月1日(Sat) NY ホイットニー美術館・グッゲンハイム美術館・セントラルパーク・SOHO
 
『Walking around the Saturday』 

 この日もセントラルパーク東側の美術館へ。
 ホイットニー美術館は現代アート展のようなものをやっていて、まったくの意味不明。僕にはこの手の最新アートは理解できないかもしれないと本気で思ってしまった。常設がすべてなくがっかり。ほんとうはワイエスなんかもあったはずなのに・・・。(で、今あらためて考えると、もしかして5Fでやっていたのかもしれないなんて。見落としちゃったかもしれない。)
 グッゲンハイム美術館。フランク・ロイド・ライトによる、蝸牛のような渦巻き構造。建物の中にいると、その渦をぐるぐると人が昇っていくので不可思議な感覚を受けてしまう。建築のための美術館という印象。
 美術館ふたつを巡ってから、セントラルパークを一挙に南側まで歩くことにする。芝生に、池に、林に、グラウンドに・・・、いろいろな形象があり散歩していても飽きない。それにしてもすごい人の数。日光浴(欧米人って本当に好きみたいね)、読書、ローラーブレード、ダンス、ランニング・・・とニューヨーカーたちは思い思いの休日を楽しんでいる。
 さらに地下鉄でSOHOへ。地下鉄を出て、相変わらず東西南北がわからない。NYには絶対、方位磁石が必要ということを知った。SOHOは店が軒をつらねているちょっとしたショッピング街。ここで適当に入った店が、いつもいく美容院の美容師さんの言っていた動物の骨格なんかを扱う店だったりしてちょっと偶然にびっくり。コヨーテの骨とか売っていて、それこそ部屋においておいたら光そうだった。ちなみに一角獣の骨はなかったな。(あったら買ってたよ。。。ワシントン条約で空港没収だろうけど。)
 夕方、宿に戻ってきて、一眠りのつもりが起きたら22時。あわてて、すっかり暗くなった街に出て、小さなタイレストラン。てっきりアメリカアレンジかと思ったら、頼んだグリーンカレーが痛烈に辛かった。ちょっと涙。

ベークルをかじりながら。ここもセントラル・パーク。

グッゲンハイム美術館。

上から見下ろしたところ。

リスをたくさん見かける。

 
2004年5月2日(Sun) NY グラウンドゼロ・NYヤンキース戦・グリニッジビレッジ
 
『Open their hearts , Open my heart』 
 朝から小雨。グラウンド・ゼロへいく。空間が無のままぽかりと広がっているという印象。在ったものが今はなく、在ったからこそ不在が存在する。ただ、雨がふる。しかし、僕には在ったことを知らないために、その不在感をNYの人々のように圧倒的な不在感として捉えることができない。

 小雨の中、グリニッジビレッジを歩き回る。カフェに入って、読むのはポール・オースター。
街の人々も家にこもっている感じで、時折、傘をさしてカフェまでパンを買いにくる人たち。

 そこからヤンキーススタジアムへ。この頃には雨もあがってきて、太陽がきらきらと照り始める。降りる駅を間違えたみたいで、降りたら黒人の人ばかりでちょっとおののく。昼なので、丁寧に道を聞いていく。夜だったらちょっと怖いかもね。
 歩いてもそれらしきスタジアムの影もなく、さすがにたどりつけるか不安になりそうなところで、でましたーヤンキースジャケットのおじさん三人連れ。地元の野球ファンに違いないと思って、彼らと追いつ抜かれつ歩いていくと、突然ヤンキースおじさん、僕に口を開いて、「ヤンキーススタジアムはこっちでいいんですか?」だって。(これ以外にも、NYではすぐ人に道を訊かれる。外人として扱われていないってことなんだけど。)
 どうにかスタジアムに着いて一安堵。既にゲームは始まっていて、自分の席を探すのも容易でない。適当に空いてる席に座って、攻守交替の度に移動を重ね、三回目でようやく自分の席にたどりつく。ビールも買って、人心地。
 このゲーム、松井が大活躍。ヤンキースの初得点は松井の二塁打を足がかりに、二犠打でとり、同点でランナーを二塁において決勝打となる二塁打も放った。そのたびに、スタジアムは大歓声。(僕も立って拍手拍手)。松井の打席が来ると、「マツーイ」とツにアクセントを置いた地元の人たちの声が響く。日本人はみんなお決まりのホットドックを頬張っていた。(もちろん、僕もね。)またゲームがショー化していて、ちょっとしたグラウンド清掃のときもYMCAが流れて清掃員が握り拳で踊ってくれて飽きさせない。打者にはそれぞれテーマソングもあるし。
 しかし日差しが強すぎ。目の前にいたイタリア系のおじさんたちみたいに、肌が真っ赤にはならなかったものの、やっぱり鼻筋が思いっきり焼けて、それから数日恥ずかしい思いをしてしまったってわけ。
 帰りはヤンキース色の地下鉄に乗って無事帰還。

 *
 夜は宿で知り合ったHさんとグリニッジビレッジへ。ジャズを聴くつもりだったのだけど、Hさんはアマバンドのギタリストということでそっちを聴いてみたいということで、僕も別に異存もなく、一緒にライブハウスまわり。Hさんは慣れた調子だった。
 ライブを聴く前にカプチーノ飲んでたイタリアンカフェでは、地元の若者に声をかけられて楽しかった。NYに住むのだったらグリニッジビレッジがいいなぁと思った。友達とかすぐできそうな雰囲気があったもの。
 ライブのほうは二つ目の17歳のピアノ弾き語りに、Hさん「これはすごい」とのことで。サインを貰うのに付き合わされた。サインを貰うのも、相手は17歳なのですごい照れていて、見ていて微笑ましかった。君はきっと有名になるよ、って声をかけたり。ちなみに彼女のWEBサイトはここ
 帰りはすっかり遅くなったけれど、地下鉄はそんなに怖くもない。気をつけなければならないのは、時間よりもむしろ場所のような気がする。
スタジアムの歓声が伝わってきそう。
レフトの守備につく松井。がんばれーー。

ポール・オースターの小説を思わせるようなグリニッジ・ビレッジのお月様。

ライブハウスの様子。なかなか巧いのです。

 

2004年5月3日(Mon) NY MOMA・ 「オペラ座の怪人」
 
『Anything I saw changes me?』 
 予定した美術館の最後。MOMA QNS。MOMAのほうが改築中なので、その間の仮美術館。思いがけず、シンディ・シャーマンの写真なんかがあった。(森村泰昌さんとの比較が興味深い。) それからプラダ広告の写真もなかなか。他にPhilip-Lorca Dicorciaという写真家の視線(視ること−視られることの対比)を扱った写真が面白かった。
 絵では音楽と物語を感じさせるルソー「Sleeping Gipsy」。軽快な電子音が流れてきそうなモンドリアンの絵。ゲルハルト・リヒターの遠近感に錯覚を覚える「meadow lands」や右のEdward Rushaの絵なんかがよかった。

 
 夜はブロードウェイで「オペラ座の怪人」。「アイーダ」に比べるとちょっと落ちるかな。隣の席に座っていたベガスの女性としばし話す。グラウンドゼロの感想で詰まった。自分の意見を話すときも、バックグラウンドが違うから微妙に擦れ違いが起きそうになる。

Edward Rushaの「Jumbo」。まるで夢で見たような。

MOMAを出た後、撮った写真。
 
2003年5月4日(Tue) NY → UA801便 →東京
 
『Coming back to my ordinary life through extraordinaries』 
 地下鉄とモノレールで飛行場へ。飛行場のチェックは厳しいのかそうじゃないのか。僕はほとんどノーチェックなのに、横の女性は靴も上着も脱いで僕に苦笑いしてるってわけ。
 空港は帰りの日本人でいっぱい。女性が多く、相変わらず僕は害のない会話を繰返している。
 飛行機で観たソフィア・コッポラの「Lost in translation」が素晴らしかった。日本を舞台に、中間地帯(無機的な東京)での浮遊感と不安定な揺らぎが見事に描かれている。今のところの今年ベスト1。
 ピーター・ウェバーの「Girl With a Pearl Earring」も悪くなかった。フェルメールの絵画的な映像がよかった。
 上記2作品ともスカーレット・ヨハンソン主演で、この女優、すごいいい感じ。内に何かを秘めている演技というのがとても上手いと思う。
 *
 そんなこんなで東京帰着。成田を抜けて家に帰って、明日から仕事っていうこの感覚。ああ、オトナになったのかもしれないなぁともなんとなく思ってみたり。非日常もやがてこうやって日常の延長線上になっていくのかもしれない。まさに一瞬のtrip。現実から一瞬離れて戻ることを約束されたtrip。
 

空港の雰囲気って好きですね。デザインも。