透明な光差す国々。北欧デザインに目覚める旅。
 
* 旅のはじまり * 

 北欧にはもともと憧れがあった。まずは小学生のときに読んだ岩波書店のリンドグレーン。メランコリーな童話世界、ぼくはそうした影響を強く受けて、幾分夢見がちで感受性強く育ったように思う。特にスウェーデンの農村の四季を描いたやかまし村シリーズが好きだった。高校時分になって、やかまし村シリーズの映画版に出会うことになる。ラッセ・ハルストレムの作品だ。そこに映し出される空気のなんと透明なこと、草木のなんと鮮明なこと。間違いなく、そうした映像群も今の僕をかたちづくるものになったような気がする。
 そうして小説書き時代にムンクの作品を題材として取り上げたこと、あるいはアキ・カウリスマキの希望を奥底に湛えたシュールでハードボイルドな映画世界を知ったこと。あるいは、流行となってきた北欧デザインへの開眼。そうやって考えていくと、今までの旅以上に、この旅は僕自身が求めていた旅だったと思う。
 ただし、一方でもはや世界の表面しかなぞらずにおくっている生活の中で、その延長としての旅の中で、僕がかつて味わったような感覚の激しい揺れ動きや感動はなかったように思う。だから、この旅が今の僕を変えるものにはなりえなかったのもまた事実だ。僕は確かに北欧デザインに感心し、街づくりに思いを馳せたが、それが今の自分の殻を壊して、深層を侵すものにはならなかった。もはや、旅の中で不意の感動に感涙して苦しんだりしたりしない。そう、苦しんだりしない、ただ享受してただ前へ進むだけだ。安野光雅の旅の絵本に出てきた旅人のようなものだ。ただ、僕は絵本のどこかにいて、町の姿を眺めながら、一過的に通り過ぎていくだけなのだ。
 
* 旅程 * 

 2005年4月28日(木) 成田→ヘルシンキ→コペンハーゲン (Hotel Selandia)
 2005年4月29日(金) コペンハーゲン (Hotel Selandia)
 2005年4月30日(土) →オールボー (Prinsens Hotel)
 2005年5月 1日(日) →フレデリクスハウン→ヨーテボリ(Hotel Opera)
 2005年5月 2日(月) →オスロ(Anker Hostel)
 2005年5月 3日(火) →ストックホルム (ABBES Hostel -Royal Palace)
 2005年5月 4日(水)  ストックホルム (ABBES Hostel -Royal Palace)
 2005年5月 5日(木) →(シリヤライン船内)
 2005年5月 6日(金) →ヘルシンキ (Hostel Lonnrot)
 2005年5月 7日(土) →(機内)
 2005年5月 8日(日) →成田
 
2005年4月28日(Thu) 東京→(JL1303)→関空→(AY078)→ヘルシンキ→(AY667)→コペンハーゲン
 
『深い眠りから覚めればそこは非日常』
 
 朝が早いからパッキングついでに徹夜。4時15分頃に家を出る。羽田から関空乗り換えだったのだが、羽田からの飛行機で中途半端に眠ってしまって、関空では朦朧としたまま。まったく正常な判断ができない感じ。誰もいないうどん屋で朝ごはんをつるつる食べて、FinAirに乗り込む。機内は普通。特に北欧らしいデザイン性を感じるわけでもない。横に座ったノキア勤めのフィンランド人と話したり、機内映画観たりして過ごす。フィンランドは一番近いヨーロッパということで、そんなこんなであっという間についた。機内で意識がすとんと落ちるような睡眠をとったおかげで、脳も正常に動き出す。ようやく旅で出たという実感が湧いてきた。今回の旅は、まったく助走をつけずに旅に出たという感じ。旅慣れもしてきて、日常生活の延長上で旅をしていて、はっと気づくとそこが非日常であるという不可思議。これからの10日間が楽しみ!
 *
 どうも飛行機に身体が弱いらしく(虚弱体質か)、長時間乗っていると腹部が張ってきてしまう。そんなわけでヘルシンキ⇒コペンハーゲンはずっと眠っていた。コペンは上空からも牧歌的な風土が見て取れる。
 入国して、コペンハーゲンの駅から出ると、空気は澄んで冷たい。ホテルはコペンの駅から数分。広いとはいえない部屋だけど、こじんまりとして機能的。窓の外はなかなか暗闇がやってこず、明るいまま。疲れて、ご飯食べることもやめて就寝。

FinAir。マークがF字になっていてセンスがいいのだけど、ここからじゃわからないですね。

 
2005年4月29日(Fri) コペンハーゲン

『冷たい頬と北欧のデザインの洗礼』
 
 早く寝すぎたせいか、6時に目が覚める。陽光は寝る前と変わらない。地平線の下に沈んだのかさえ定かではない。シャワールームでシャワー浴びた後、階下に下りて朝ごはん。ビュッフェ方式でパン、チーズ、ハム、イワシのサーディンなんかがおいしい。かなり食欲が出てきて、朝からむしゃむしゃ。
 外は空気が冷たいけど震えるというほどではない。大気の質感が札幌にも似ていて、あまり異国に来たという感覚が強烈にあるわけでもない。街並みは美しい。余計な広告などがなく、景観がきちんと保たれている。なぜ、日本ではこういかないのか不思議。人口の差も大きいのだろうけど、やはり人種の違いもあるのかな。
 コペンの面白いところは車道脇に自転車道があるところ。そこをかなりの自転車通勤者たちが走っていく。
 とりあえず街を歩いて王立図書館方面に向かう。ブラックダイヤモンドと称される近代的な黒い建物は目を引く。ニューハウンは色とりどりの建物が並び、視覚的に楽しいところ。人魚の像はコペンで一番有名かもしれないけれど、なんでそんなに有名なのかわからないしろもの。何度か爆破されたそうだけど、その気持ちもわかるような気がした。むしろその裏にある☆型のカステレット要塞のほうがデンマークらしい。堀に沿ってのんびり散歩。
 工芸博物館は一見の価値あり。椅子等のデザインの歴史がみてとれる。ヤコブセンルームでは雑誌でしかお目にかかったことのない、彼の作品が並んでいた。
 午後はいくつかのショップを巡る。イルムスのデパートではたくさんの北欧デザインの食器や家具、照明等を見ることができて楽しい。そのそばのジョージ・ジェンセンのデザインセンスには圧倒される。こういうデザインに小さいときから触れているとセンスがまったく違くなりそうだよ。
アンデルセンさんです。 ニューハウンです。
爆破を何度か経験したという人魚の像。ツアーバスがいっぱいとまってました。 カステレット要塞の中の建物。警察関係の寮のような雰囲気だった。空間の使い方にセンスを感じます。
要塞の堀のほとりの風車です。犬を連れた人たちが散歩してました。いいところです。 工芸博物館です。
アルネ・ヤコブセンのお部屋 カトラリですな。 無駄を省いたデザイン。 こんな蛇口欲しい。
工芸博物館のそばのカフェオスカー。値段が手ごろでのんびりできてお勧め。  
nytiboというショップ
ダンスク・モーブルクンスト
→:ルイ・ポールセン ショールーム

↓:ボダム
近未来っぽい現在 ペーパーホルダーまでかっこいい
ボダムのカトラリ
野口英世みたいなこのおじさんがジョージ・ジェンセンなのかな。 このカトラリは惚れました。いつか欲しいです。 こんなセットで食事したい。
ロイヤルコペンハーゲンのポスターです。 ジョージ・ジェンセン
←ロイヤル・コペンハーゲン
→イルムス
 
かなり小さなお店です。 ←スティル・レーベン
→スティル・レーベンの隣のショップ
ここのinfinityという名前だったかな?キャンドルセットがかっこよかった。
  おおおっ! かっこいいな、このポスターは。また観たくなるね。
ビールでひといき。暮れない夕方に。 ホテルの部屋。こじんまり。    
 
2005年4月30日(Sat) コペンハーゲン9:00→13:48オールボー   
 
『展望台のある田舎町で』 

 電車に揺られてオールボーへ。のどかな小さな町。このレベルの町の大きさだったら日本には無数にあるのだろうけど、デンマークではガイドブックにきちんと紹介される由緒ある町。歴史が根付き、緑が豊かで、のんびりとしている。
 北ユトランド美術館。ユトランドという響きが悪くなかったし、アールト設計ということで足を運んだが、残念ながら展示作品で心に残るものが少なかった。これはと思う作品も作者がきちんと付されていなかったりする。美術館のカフェで、芝生に点在するオブジェを眺めながら、サーモンとホワイトアスパラのサンドイッチを食べる。カレー風味の香料がドレッシングに入ってるようで不思議な食べ物だ。
 美術館を出て裏の雑木林の丘を登って展望台へ。展望台は、田舎町の展望台といった趣。鉄塔があってエレベータで登る仕組みになっている。上部はテーブルがあってくつろげるのだけど、町中の人が集まってお互い顔見知りの雰囲気。田舎の公営スキー場のロッジのような感覚といえばわかるかな。東京タワーを見せたら、ここの人たちはさぞ驚くだろうなって思ったよ。僕はコーラ飲んで、胸の中をパチパチと弾けさせたんだよ。
 そこから歴史的な建造物を眺めながら港へ。港にはたくさんの人が竿をふるって、ニシンらしき魚を釣っていた。一度に3匹〜5匹とか釣れていて、魚が釣り人の足元で跳ねていた。
 
 

 

ニシンかな。すごい釣れてました。 ホーンフィッシュだそうです。  
 
2005年5月1日(Sun) オールボー9:48→11:01フレデリクスハウン11:50→(フェリー)→イェーテボリ
 
『君のセンスに脱帽』 
 
 オールボーに別れを告げ、ユトランド半島の北部の町フレデリクスハウンへ。北海道の東端のように霧の濃い町で、駅を出て、まさに五里霧中の中、フェリーターミナルを目指した。フェリーは青と黄のスウェーデンカラー。甲板にあがって、デンマークのビールも飲みおさめ。
 明るいうちに、海を渡ってスウェーデンに入国。イェーテボリの街はスウェーデンでストックホルムの次に大きな街ということで、行く前にはさほど惹かれるものがなかったのだが、いい意味でこの先入観を裏切ってくれた。相当にセンスのいい街で、緑が多く、カフェやバーが点在している。かと思えば、古い帆船が停泊する港まである。無理やり例えれば、神戸と小樽をかけあわせてセンスを良くした感じの街かなぁ。この街なら住んでみてもいいなって思ったよ。
朝のオールボー駅前。 電車待ち。 フレデリクスハウンの砲台跡。濃い霧が漂ってました。 ステナライン、青と黄のスウェーデンカラー。
カールスバーク(カールスベア)。デンマークのビール。 ビール飲んで潮風に吹かれてるわけです。
魚介類の入ったサンドイッチ ヨーテボリのトラム。 ヨーテボリ駅 桜も見頃。
ヨーテボリ美術館 芝に残光が差し込んで美しい。 教会ですね。
公園です。札幌と植生が似ている。 いいカフェだったな。内装も素敵です。 カフェ飯ですね。 運河沿い。市庁舎か教会。
波止場 帆船。レストラン等に利用されているようです。 日が沈んでいくところです。

ヨーテボリのランドマーク、見晴らし塔。

 

スウェーデンカラーのポスト。 オペラハウスと夕日 Hotel Opera。古い。
 

2005年5月2日(Mon) イェーテボリ12:48→16:48オスロ
 
『小説家の心象風景のような北国』 

 イェーテボリから北上してオスロへ向う。電車は各席の簡易テーブルがしっかりとした木の造りでできていたりとノルウェーを感じさせるものになっていた。針葉樹やシラカバ等の落葉樹の森林と時折現れる静かな湖を縫いながら列車は走っていく。霧がかかっていて、風景も今日はどこか哀しげで沈んでいる。
 *
 オスロ着。小雨模様のせいか、はたまたYHドミ泊まりのせいかわからないけれど、オスロは僕に鮮烈なイメージを与えてくれない。夕食もしゃれたカフェのようなところなのにサービスが今ひとつのところに入ってしまい失敗。明日のムンクに期待して今夜は寝ましょう。

 
2005年5月3日(Tue) オスロ→(Norweigh Air)→ストックホルム
 
『オスロにも青く澄んだ空が広がる』 

 まず向ったのがムンク美術館。植物園のような公園の脇を歩いて美術館へ行くとそこには張り紙が!。
「The museum is temporarily closed.  We are sorry for any disappointment this may cause.」の文字が。少し張り紙にに慰められはしたけれど、やっぱりがっかり。
 気を取り直してオスロ美術館へ向う。ここは展示物が充実していてお勧め。印象に残ったのを列記すると、Harriet Backer(青の使い方が上手い)、Gunnar S.Gundersen(抽象画。心が締まっていくような感覚)、Ludvig Karsten(シンプルな静物画)、ムンク(代表作が集まっている。「思春期」、「叫び」・・・(「叫び」って盗難にあったんじゃないの?))。
 さらに工芸美術館へ。20世紀の北欧アートの流れがよくわかるような仕組みになっていた。デザインの数々にため息。照明の当て方がうまく、デザイン群が堪能できた。ここもお勧め。
 工芸美術館のそばのCafe Noirで一休み。チーズケーキがお勧めだというのでいただく。美味しい。
 さらに海辺にあるお城へ。堅牢な造り。オスロカードを使って、内部は牢屋も含めてすべて探検。
 夕刻、ネットで購入した格安航空会社のNorweigh Airで一路ストックホルムへ。機内に入って、搭乗券に記載されているはずのシートNoを探していたら、横から乗務員がEverywhere!って。座席が自由な飛行機って初めて。きれいな飛行機で居心地がよい。よいスーツを着たビジネスマンでいっぱいだった。珈琲は10Skr也。
 *
 ストックホルム着。ネットで予約した旧市街ガムラスタンのYH泊まり。予めメールで教えてもらっていたコード番号で建物と指定されていたドミ部屋に入ったら、部屋の中にはスウェーデン人の20歳くらいの女の子たちでフル。オーナーに電話もつながらず、結局ベッドをひとつ分けてもらった。スウェーデンの女の子はあけっぴろげなのか、ふつうに下着になったりしていて目のやり場に困る破目に。
 夜はアフリカ料理屋で鶏のクリームパスタを食べた。ガムラスタンは路地の多い島で夜景がきれい、異国情緒もあり気に入った。
 同じYH泊まりのポーランド人老夫婦が夜遅くやってきて、荷物を運ぶのを手伝ったら、今回の旅で日本にも行ったのだと言う。どこに泊まったのかと訊いたら、「Takanawa!」だって。なんでそういう人がYHに泊まるのか不思議な気もしたよ。
 
2005年5月4日(Wed)  ストックホルム
 
『ストックホルムを縦横無尽に闊歩』
 
 寒風と寒空の下、歩き回る。まず目指すはアスプルンドの市立図書館。煉瓦色の建物、内部は円形に本棚が囲んでいて、本がパッチワークのようになっていて、空間にリズムが生まれていた。
 そのまま、ずんずん南下して国立美術館へ。ここでも20世紀の北欧デザインコーナーがあって堪能できた。それも常設は(オスロもそうだったけれど)無料。絵画のほうは特に目をひくものはなかったかな。
 さらに橋を渡って帆船の脇を通り抜けて、現代美術館へ。ここでムンク展がちょうどやっていた。オスロのムンク美術館の展示物のようで、僕はオスロからこれを追っかけてここまでやってきたような格好になった。ムンクは星空の絵がよかったけれど、大半は自画像が中心。ムンクとは相当、自分に興味のあった画家のようだ。だからこそ、違うものを描いてもそこに自己を投影できたのかもしれないけれど。ムンクの絵自体はオスロ美術館に代表作が集まっている感じがある。その他の常設は20世紀現代美術。横浜の展示会で見たデシャンの代表作をはじめとして、現代画家の作品がずらり。最後のほうでちょっと見疲れてしまったけどたのしめた。
 スヴェンスクフォルムは立ち寄ってみたもののよくわからなかったな。
 夕方はガムラスタンからまっすぐ南を散策して、インテリアショップや雑貨屋めぐり。最後は大きな橋に行き着いて、その手前のマフィン屋で大きなマフィンを食べて地下鉄で帰る。
 夜は誰もいなくなって広々としすぎのドミ部屋のソファで炭酸水など飲みながらナボコフを読んでいたのでした。
 
2005年5月5日(Thu)  ストックホルム→(シリアライン)
 
『空も海も青く、この身も青に染まるのでしょう』
 
 北欧的晴天也。透き通った青空に、春はじめの冷ややかな風。やっぱりこうでなくっちゃね。デザイン系のショップを見て回ろうとしたけれど、この日降りた駅は東京で言うところの銀座みたいなところで、お店の中に客が全然いない上に、店員の姿も見えず、ただ椅子やテーブルが綺麗に並べられているだけで、敷居が高くて、ウインドウを覗くだけでよしとしてしまった。街を歩いていたら、どこからから誰かの日本語が聞こえた。そうえば、成田から一度もしゃべってないよね。
 *
 相変わらず、足の赴くままに街を歩いていると、気づけば市立図書館の裏の丘に来ていた。ベンチに座って、日差しを浴びているととても気持ちがいい。スウェーデン人たちは戸外を相当好む人種みたいだ。オープンカフェでひたすら日差しを浴びている。冬の足りない日照分を補おうとするかのように。太陽は出ているとはいえ、決して暑くないのに、半袖姿の人たちのなんて多いこと。
 *
 夕方前にシリア号乗り場へ。豪華客船といわれるだけあって、船は多層の造りで、娯楽施設がいろいろとある。海の上のピアニスト付きだった。甲板に出ると、無数の群島があり、その一つ一つの島に別荘風の小さな家があった。週末なんかにヨットか何かで遊びにきたりするのかもしれない。島が多いせいで、海というより、河を航海している気分だ。船室は窓なし4人部屋で、ヘルシンキでバスドライバーをしているというクルド人のおじさんと同室になった。イラクからの帰りだということで、現在のメディアは知りえないクルド人の迫害の話とかかつてのイラクでの生活の話とかいろいろ聞くことができた。
 夕食と朝食はレストランで食べて、確かに豪華ではあったけれど、味はいまひとつで全体的にしょっぱかった。
 
2005年5月6日(Fri)   (シリアライン)→ヘルシンキ
 
『市電にのって煙突のあるファクトリーへ』
 
 この旅の最後の国、フィンランドに到着。いきなり市電降りて、迷うことしきり。聞きしに及んでいた北欧の人は親切ということが実証されて、どうにかホテルへ。
 駅の観光案内所で市電番号を聞いて、アラビア・ファクトリーへ。アラビア博物館をまわって食堂でランチを食べた。このとき、僕の時計はランチ時間内なのに「ランチ時間外だけど、食べていいよ」みたいなこと言われるというちょっと不可思議なことがあった。(その謎は一日後わかることになるのだけど。)食器もカトラリも当たり前だけど、すべてアラビアで統一されていて、それが普通の学食並みに(学校が併設されているようで実際そこの食堂になっているようだった)気軽に食事をとれるところがいい。紙コップのセンスがいいのにもちょっと驚いた。(帰国して北欧のデザイン関係のテレビ番組見てたら、別の場所でこの紙コップが登場してたから普通の市販品なのかもしれない。)おみやげをたくさん買い込んでほくほくしてアラビアを後にしたのでした。
 キアズマに向うと、「金曜日は17時から無料だよ」と言われて時計を見るとまだ一時間もある。いったんホテルに戻って、一休みしてから出かけた。しかーし、現代アートの展示物はひとつもわからなかった。多分理解できる日は来ないようにも思ったよ。それでも異星人アートを見るようで楽しかった。
 
2005年5月7日(Sat) &5月8日(Sun)  ヘルシンキ→(FinAir)→成田
 
『一時間の時差』
 
 街中のマリメッコでお土産を買って、マーケット広場へ。ここでデザインに優れた若手作家のカトラリーを購入。見た瞬間に「これください」なんて言ったものだから、売り場の作家さんも驚いていた。「私が作ったんですよ」なんて彼女は言ってた。なんか恥ずかしくて名前を訊かなかったのが返す返すも残念。
 ヘルシンキ大聖堂は色合いが美しくて、落ち着く場所だ。石段に腰掛けているととても気分がよかった。
 アテネウム美術館ではフィンランド人画家の回顧展。悪くなかったが、名前を忘れてしまった。(*旅行から5ヶ月もたってHPをまとめているせいです。)
 ホテルに戻って荷物をまとめて、空港へ。余裕をもって一時間前に着いたはずだったが、係りの人は急いで搭乗口に向ってくださいなんて言う。カウンターの後ろの時計に目をやってみれば、なんと僕の腕時計より一時間遅い。そうなのです、そこで僕はスウェーデンとフィンランドに時差があることに気づいたのです。そうしてはたと、アラビアファクトリーとキアズマの時間の謎が解けたのでした。あとは走って(でも免税店でお土産は買って)搭乗口に向ったのでした。座ってしばらくすると、飛行機は、僕の覚めやらぬ動脈血が落ち着くのも待たずに離陸したのでした。

 
* 参考WEBページ *

*フライトetc移動* 
【エイビーロードネット】 http://www.ab-road.net/ 今回はここでチケット探しました。
【マックスビスタ】 http://www.ohshu.jp/index1.html 結果、この代理店でフィンエアをとりました。
【Flying Cheap!】 http://europe.s9.xrea.com/  ヨーロッパの格安航空会社の紹介ページ。
【Norwegian Air Shuttle】 http://www.norwegian.no/sw7127.asp オスロ→ストックホルムのフライトとりました。
【ネットトラベルサービス】 http://www.nettravel-jp.com/ ツムラーレのサイト。シリヤライン(ストックホルム→ヘルシンキ<船>)をとりました。

*ホテル* 
【hostelworld.com】 http://www.hostelworld.com/ 北欧はホテルが高いのでYH探しをしました。
【Hotel Selandia】 http://www.hotel-selandia.dk/ selandiaホテル(コペンハーゲンの安めのホテル)。 

*保険* 
【損保ジャパン】 http://www.sompo-japan.co.jp/kinsurance/kaigai/off001.html 保険も一応ね。
*書籍*

 北欧案内―旅とデザイン

ロッタの北欧スケッチ紀行

地球の歩き方 北欧

*旅行記*
【Carpe Diem*】 http://blog.livedoor.jp/carpediem_u/ 冬のノルウェーとスウェーデン。
【バーブシュカ】 http://viy.under.jp/ デンマーク、スウェーデン、フィンランド。リンクも充実。
【自分スタイルのインテリアノート】 http://www.ne.jp/asahi/style/note/index.html デンマーク、フィンランド。
【SlowLife-Style.Com】 http://www.slowlife-style.com/ デンマーク、スウェーデン、フィンランド。