「気温差40℃」
無防備な耳を隠すように、誰もがマフラーをぐるぐるに巻いて通りを急ぎ足で歩いていた。冷気に抗するために白い顔を強張らせて。吐息は人々が行き交うときにまるで北国の挨拶のように立ち上っていた。街は完全に凍てついていた。
そこをシャツ一枚で勢いよく走ってくる輩がいる。足元はスニーカーで顔中日焼けしていて、まるでさっきまでオアフ島だかカウアイ島の海岸をジョギングしていたという感じだった。この男の出現で、街ゆく人は身体を縮こまって歩いていることが少し馬鹿らしくなったくらいだった。かと言って、気温までが突然あがるわけではない。男が吐いている息も灰色の空に白く立ち昇っているのである。
その季節勘違い男をよけようとした瞬間、その顔に見覚えがあることに気付いた。他人のふりをするということが苦手な僕は思わず声をかけていた。「おいT」と。
Tは振り返って僕を認めて「おっす」とにこやかに笑った。まるで早朝のジョギングで呼び止められたように。
「ジョギング日和だねぇ」思わずジョークが口につく。
「今1年半ぶりに帰ってきたところなんだ」
「札幌に?」
「日本にだよ。成田で荷物のゲージが凍っていて服を取り出せなかったんだよ」
僕は思わず水道凍結のときみたいにヤカン片手で事に当たっている人たちのことを思い浮かべる。だからあれだけ言っておいただろ、水抜きしておけって・・・。
「成田も寒いのかな?」
「成田は気温2℃だったよ」
「どうして2℃で凍るの?」
「きっと飛んでいる最中に凍ったんだよ」
(なるほど。凍ったのが荷物だけでよかったね)
「もしかして誰かが閉め忘れたのかなぁ」
(そんなわけないよ!水道管じゃないんだから。)
「荷物も太平洋にでもばら撒かれたかな」
「今ごろ鮫の餌になっていたりね」今度はうまく相槌。
「それにしても気温差40℃だよ。40℃!」
それだけ言うと彼は我慢ならないというように「じゃあ」と一声通りの向こうに消えていった。次はいったいどこで遭えることやら。
彼が消えた後、再び北国の街は平静を取り戻していた。街中の人たちに挨拶代わりにほっほっと吐息を上げる。それから思わずNHKの上の寒暖計に目をやって、そこから40を引いてみた。マイナス45℃!・・・なわけないか。
・・・なんて小説風に書いてみたり。弟がオーストラリアから今日帰国した。一緒に神戸を出港して以来だ。電話で話したら相変わらず元気だった。エネルギーが有り余って仕方ないという感じだった。
僕は粘って小説書き。年が明けたら、実家に帰って<気温差40℃>と顔を合わせるつもり。
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結局23時半に郵便局に出してきた。推敲の時間が少なすぎた。もっと深めることのできる内容だったような気が今もしてる。家に帰れば、今年もあと十分を残すのみ。お湯を沸騰させてお茶を飲んだら残り3分・・・。来年こそ。
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